卵擬態の進化の仕組み調査 100年に及ぶ謎を解明

 カッコウの托卵(たくらん)習性は、紀元前のアリストテレスの時代、日本では平安時代頃から書物に登場するなど知られていました。科学的な研究は、1892年に発表されたE・バルダムスとО・レイの研究が最初とされています。

 2人は、「卵擬態(らんぎたい)」の存在を明らかにしました。それは、托卵する側の鳥「カッコウ」の雌は、托卵される側の鳥「宿主(しゅくしゅ)」の卵に似た卵を産むということです。

 これを元に、A・ ニュートンは翌93年、カッコウには、宿主に対応した托卵系統が存在するという仮説を提唱しました。この仮説では、なぜカッコウは宿主ごとに種分化をしないのかという疑問が残ります。「托卵系統は本当に存在するのか」は、以来100年間の大きな謎でした。

 この謎の解明に私が取り組むきっかけは、1990年にカリフォルニア大学サンタバーバラ校で聞いたカナダ・マクマスター大学のリッスル・ギブズ氏の講演でした。彼は、血液から親子関係を解明する「DNAフィンガープリント法」の分析エキスパートで、ハゴロモガラスの親と子の遺伝子解析から、この鳥は一夫多妻であることを明らかにしました。

 私はそれまでの千曲川での観察や発信機を使った調査によって、カッコウは乱婚であること、カッコウの雌によって宿主の鳥は異なり、オナガ、モズ、オオヨシキリのいずれかであり、それは托卵系統の存在を示唆していると考えていました。私はこの講演を聞いて、私のこれらの調査結果を遺伝子レベルでも検証できると直感したのです。

 私は彼に共同研究を提案しました。彼は、進化の研究に敏感で、私たちが千曲川で集めた血液サンプルを遺伝子解析することになりました。 千曲川で捕獲したカッコウの成鳥と雛からの血液の採集が始まりました。3年間に集めた血液サンプルは、成鳥162個体(雄83羽、雌79羽)、雛136個体。一つの地域で、短期間にこれだけ多くの個体からサンプル採集するのは極めて異例でした。91年、軽井沢での托卵鳥国際会議に参加したギブズ氏に、1年目に採集したサンプルを託し、2年にわたりサンプルを送りました。

 3年後の94年、カナダのブリティッシュコロンビア大学に滞在した際、ギブズ氏をマクマスター大学に訪ね、分析結果の途中経過の説明を受け、今後のまとめを相談しました。すべての分析結果が出たのは5年後の96年でした。

 結果は、野外観察通り、カッコウの性関係は乱婚で、雌雄ともに複数の相手と子どもを残していることが遺伝子分析からも確認されました。また、雌が托卵している宿主は雌ごとに決まる「宿主特異性」がありました。しかし、雄は、異なる宿主に托卵する雌とも性関係を持つということ、つまり雄には宿主特異性がないことが分かりました。これらの結果は、98年10月、米国の科学雑誌「サイエンス」に発表されました。

 しかし、ここで卵擬態の進化に新たな疑問が生じました。カッコウは乱婚で、雌には宿主特異性があるが、雄にはないなら、雄の存在により卵擬態の進化は妨げられるということです。そこで考えたのが、鳥の性染色体は雄がZZ、雌がZWなので、卵の模様を決める遺伝子は雌だけが持つW染色体にあるのではないかということです。この点についてDNAを解析した結果、予想した通りであることが分かりました。

 結果は、2000年9月、英国の科学雑誌「ネイチャー」に発表されました。卵擬態は雌側を通して進化し、雄の遺伝子は卵擬態の進化に関与せず、種分化を妨げる働きをしていることが分かったのです。

 千曲川での約20年にわたる研究から、カッコウの托卵に関する100年の大きな謎が解明されたのです。

 聞き書き・斉藤茂明(週刊長野)

2024年6月 8日号掲載