托卵鳥の研究者 世界から 活発な議論繰り広げられ

軽井沢での托卵鳥の国際会議の参加者(前列右から2番目が私)

 1991年8月、日本で初となる「国際動物行動学会」が京都で開催されました。私は、実行委員長の京都大学日高敏隆先生から、ラウンドテーブル(円卓会議)とサテライトミーティング(サブ会議)の企画を頼まれていました。

 京都でのラウンドテーブルのテーマは「托卵(たくらん)における共進化」。世界の托卵鳥研究者24人が参加し、托卵鳥と托卵される宿主(しゅくしゅ)との進化の仕組みが議論されました。

 宿主は、長い間托卵されていると、托卵を回避するため、托卵鳥への攻撃性や自分の卵と托卵鳥の卵を区別する卵識別(らんしきべつ)能力などの対抗手段を進化させます。それに対し托卵鳥は、素早く托卵するなどの巧妙なテクニックや、自分の卵を宿主の卵に似せる「卵擬態(らんぎたい)」を進化させてきました。

 托卵鳥とその宿主は、一対一の攻防戦を通し、巧妙な托卵のテクニックと対抗手段をそれぞれ進化させてきたという認識では多くの研究者が一致していました。しかし、なぜ托卵鳥は、宿主の反撃にもかかわらず長期間托卵を続けられるのか。それについての見解は、研究者により異なりました。

 カリフォルニア大学のステファン・ロシュテイン教授は、北米の托卵鳥カウバードの研究を通して、北米の鳥は托卵を受け入れる種と排斥する種に分かれ、中間の種はほとんどいないことから、「進化的時間のずれ仮説」を提唱しました。托卵される鳥が、卵識別能力などの対抗手段を確立するには長い時間を要する。しかし、その能力を持った個体が一度出現すると、短期間にその能力が集団に広がるので、中間の種はほとんどいない。だから、托卵鳥は、すべての鳥が排斥種になるまでは、托卵を続けることができると考えます。

 この説と真っ向から対立したのが私の考えです。私は、カッコウに托卵される鳥には中間の種が多いことから彼の説はカッコウに当てはまらないことを示し、その上で、日本のカッコウの研究から宿主をかえていく「宿主乗り換え仮説」を唱えました。彼との大きな違いは、彼は一度確立した卵識別能力は、長い間失われないと考えるのに対し、私はカッコウに托卵されなくなるとその能力は次第に失われると考えます。そのため、排斥種が受け入れ種に戻ると、カッコウは再びその種に托卵可能になるという考えです。

 さらに、テルアビブ大学のアモツ・ザハビ教授は、千曲川での共同研究の成果から「進化的平衡仮説」を提唱。卵識別能力は、托卵を回避できる点では有利だが、誤って自分の卵を排斥するマイナス面もある。そのため、托卵される割合が低くなり、プラス面とマイナス面が等しくなった段階で、それ以上宿主の卵識別能力は進化しない。そのため、その段階に達すると、集団の中で常に一定の割合で托卵される状態が継続するというものです。

 この論戦は、軽井沢でのサテライトミーティングに引き継がれました。この会議では、私たちの研究成果のほかに、多くの托卵研究も発表されました。

 2日間の会議後、私は千曲川の調査地を案内しました。3種類の宿主へのカッコウの托卵状況を説明し、カッコウの捕獲方法を披露しました。午後には、信州大学教育学部で3回目の会議が開かれました。一連の会議では、私たちの研究成果が大変注目され、さまざまな質問や意見が出されました。カッコウの研究を始めて10年で、世界トップレベルの成果を上げることができたと実感しました。

 この会議では、ケンブリッジ大学でカッコウを研究するニック・デービス教授との出会いもあり、それが次の研究につながりました。

 托卵鳥を研究する世界中のメンバーが一堂に会し、活発な議論が繰り広げられたことは初めてであり。スペインで3年後に開催される次の動物行動学会でも、托卵鳥の国際会議を開くことになりました。

 聞き書き・斉藤茂明(週刊長野)

2024年5月25日号掲載