個体ごとの行動徹底調査 世界初の解明につながる
1986(昭和61)年、私は信大教育学部助教授になり、カッコウの托卵研究が本格的に始まりました。私が最初に解明したかったのは、カッコウは縄張りを持っているのか、カッコウにつがい関係はあるのか—の2点です。
カッコウについては、このような基本的な生態も当時は未解明だったのです。研究者によって見解は異なり、カッコウは縄張りを「持つ」「持たない」、カッコウは「一夫一妻」「一夫多妻」「つがい関係はない」など、さまざまな論文が発表されていました。
捕獲したカッコウに発信機を装着して行動を追跡し、まず分かったことは、カッコウは一日中千曲川にいるわけではないことです。千曲川にいない時間は、近くの須坂市の山で過ごし、千曲川と山を一日に数回往復していました。カッコウと鳴くのは雄です。雄は千曲川では盛んにさえずっていますが、山ではさえずっていません。カッコウの主食は毛虫ですが、千曲川では餌をほとんど食べず、山には餌を食べに行っていました。
千曲川で雄がさえずっている地域は、それぞれ限られていましたが、個体ごとのさえずっている地域は、互いに大きく重なり合っていました。千曲川では雄同士の争いが盛んに観察され、強い雄と弱い雄がいることが分かりました。争いの勝率が80%以上の強い雄は、雌が集まる河川敷内の林のある場所を中心に狭い範囲でさえずり、強い雄同士がさえずる範囲は互いに重なることなく、その範囲から別の雄を追い出す行動をしていました。強い雄は縄張りを持っていたのです。
勝率が80%から40%の中間の雄は、強い雄のさえずる範囲も含んでより広い範囲でさえずり、中間の雄同士がさえずる範囲も互いに重ならない傾向にありました。
さらに、勝率が40%以下の雄は、中間の雄よりもさらに広い範囲でさえずり、強い雄が現れると自分からさえずるのをやめて逃げ出す、縄張りを持たない雄でした。
なぜ、雄のさえずる範囲はこのように重なる構造になっているのか? それは、強い雄であっても一日のうちの一定の時間は山に餌を食べに行き、縄張りを留守にするので、その間に中間の雄や縄張りを持たない雄が縄張り内に侵入し、さえずっていたからでした。
カッコウの雄は、このように順位関係に基づいた複雑なさえずり行動を取っているので、強い雌に注目した場合には縄張りを持っている、逆に弱い雄に注目した場合には縄張りを持たないという結論になることが分かりました。
つがい関係については、雄も雌も複数のパートナーと交尾をしているので、鳥では珍しい「乱婚」という結論になりました。雌も千曲川内のそれぞれ限られた地域内で托卵をしていました。ある雄のさえずっている地域とある雌の托卵している地域が重なった場合には一夫一妻のように見えます。また、ある雄のさえずっている地域内に2羽の雌が托卵していたら一夫二妻のように見えます。自分で子育てをする多くの鳥と違って、子育てをしないカッコウは特定の雌雄がつがい関係を確立して繁殖することはしていなかったのです。
カッコウのこのような複雑な繁殖生態を世界で初めて解明できたのは、調査地の千曲川に生息するカッコウのほとんどを捕獲して、一羽一羽を個体識別できるようにし、個体ごとの行動を徹底的に調査することができたからでした。
カッコウが日本に渡ってくる5月から7月の3カ月間は、大学での講義や会議のある時間以外は、朝の4時から夜の8時ごろまで、多くの時間を研究室の学生と千曲川で過ごしていました。睡眠時間は5時間。そのため、カッコウが渡ってくるとともに私の体重は減り始め、調査が終わる頃には、5キロほど減ることを毎年繰り返していました。
まだ40代初めで若く、体力があったから、これだけのハードワークをこなすことができたのです。
聞き書き・斉藤茂明(週刊長野)
2024年5月11日号掲載